私の20代後半から30代前半にかけての記憶は、常に「風」との戦いでした。鏡を見るたびに深くなっていく生え際のM字ライン。それを認めたくない一心で、私は前髪を眉毛の下まで伸ばし、毎朝時間をかけてセットし、スプレーでガチガチに固めていました。無風の室内であれば、なんとなく誤魔化せているような気がしていましたが、一歩外に出ればそこは戦場です。向かい風が吹こうものなら、必死に作り上げた前髪の要塞は脆くも崩れ去り、無防備な額があらわになります。その瞬間、すれ違う人々の視線が全て自分の生え際に注がれているような被害妄想に襲われ、慌てて手で押さえながら俯いて歩く。そんな情けない日々を送っていました。電車のドアが開く風圧、オフィスのエアコンの風、自転車ですれ違う時の風。世界中の空気の動き全てが、私の敵でした。転機は、友人の結婚式に出席した時に訪れました。久しぶりに会った大学時代の先輩が、以前は私と同じように薄毛を気にしていたはずなのに、見違えるほど爽やかなベリーショートになって現れたのです。彼の表情は明るく、以前のような卑屈な陰りは一切ありませんでした。「思い切って切っちゃったよ。隠すの疲れたし」と笑う彼を見て、私は雷に打たれたような衝撃を受けました。隠そうと必死になっている自分と、さらけ出して堂々としている彼。どちらが格好いいかは、火を見るよりも明らかでした。その日の帰り道、私は行きつけの美容室ではなく、以前から気になっていたメンズ専門のバーバーに予約を入れました。「もう、風に怯えるのはやめよう」と心に決めたのです。バーバーの椅子に座り、「バッサリいってください。M字が目立たないように、ベリーショートで」とオーダーした時の震える声は今でも覚えています。理容師さんは慣れた手つきで「分かりました。それならサイドを高く刈り上げて、トップに少し長さを残すフェードスタイルにしましょう。欧米では薄毛の方こそ、こういうスタイルで渋く決めるんですよ」と提案してくれました。ハサミが入るたびに、床に落ちていく私の長い前髪。それはまるで、長年抱え込んできたコンプレックスや執着心が削ぎ落とされていくような感覚でした。カットが終わり、鏡を見せられた時、そこにいたのは見知らぬ、しかし精悍な顔つきの男でした。額は完全に出ていますが、サイドがスッキリしているおかげで、M字の生え際がデザインの一部のように馴染んでいました。翌日、会社に行くのは少し勇気が要りましたが、同僚たちの反応は予想外なものでした。「髪切った? その方が全然いいじゃん」「若返ったね」「清潔感がある」と、称賛の嵐だったのです。誰も私のM字ハゲなんて気にしていなかったし、むしろ隠そうとしていた不自然な髪型の方が違和感を与えていたのだと痛感しました。何より嬉しかったのは、外出時のストレスが消滅したことです。